
【トーク】
−中央競馬に物申す−
初の100勝ならず
福永祐一騎手の初のJRA年間100勝はならなかった。デビュー以来最高の
成績(94勝)でラスト3週を迎えたのだが、1週2日は香港へ遠征、次の週
は惜しい競馬続きで未勝利に終わっている。最終週には奮闘したものの、96
勝で大台には届かなかった。
2004年前半の福永騎手はサニングデールで高松宮記念、ダイワエルシエー
ロでオークスと、中身の濃いレースを展開した。夏の小倉リーディング争い
ではタッチの差で安藤騎手に敗れたものの、全体として上々であったと思わ
れる。反して、秋以降はスプリンターズSや阪神ジュベナイルフィリーズな
ど、不運もあって勝利を逸している。ここをもう少し底上げできていれば、
楽に100勝をクリアできたはずである。
年間100勝は今年、東西で3人ずつ達成している。武豊騎手は2年連続200
勝で、この人からみると100勝もかすんでしまいがちだが、それは例外中の例
外で、年間100勝はJRA騎手として、大きな勲章であるのは事実である。こ
こまできたのだから、何とか達成してほしかった。
記録にこだわりすぎてはならない。それは結果として、あとからついてく
るものなのかもしれない。しかし、ひとつの記録が、福永祐一というジョッ
キーを、さらに飛躍させるというケースも十分に考えられる。
父親の福永洋一さんは、オールドファンなら誰もが、その天才ぶりを認め
たほどのジョッキーだった。ことに、ハードバージの皐月賞、エリモジョー
ジの天皇賞・春の逃げ切りなどは、いまだに忘れがたいシーンとして目に浮
かぶ。昭和54年3月の落馬で騎手生命は断たれたが、四半世紀を経た今もな
お、強烈な印象を残す騎手も珍しい。
福永騎手は関西リーディングの上位常連だし、クラシックも海外のGIも
勝っている。すでに一流といっていいが、年間100勝の勲章は、その父親に一
歩近づくために必要な数字でもあろう。2005年はちょうどデビュー10年目に
あたる。節目の年は、ぜひ最良の年にしてもらいたい。