競馬評論家の天馬が
中央競馬を辛口批評。
【トーク】
中央競馬にもの申す
「岡部人気」が客を呼ぶ
天下の岡部騎手が見事に「人寄せパンダ」を果たした。10、11日の土、日曜
日に岡部騎手が“JRA傘下の全競馬場で騎乗”で1回小倉5、6日に乗り込
んでいる。その土曜日は7戦2勝、そして次の日曜日は9戦3勝。2日間で16
戦5勝、勝率3割1分2厘。この16戦はほとんど1、2番人気しているが、中
に6番人気もある。
10日の土曜日は悪天候でファンの足を鈍らせた。いつもの土曜日並みに至っ
ていない。岡部人気も「天候にかなわず」である。11日の日曜日は前日と打っ
て変わって好天気でファンを誘って大入り。「競馬ニホン週刊号」2月17、18
日号で記しているが、11頁下段を参照である。日曜日の第1レースで穴を出し
た。
12頭立てで岡部騎手の馬が6番人気。これがハナ差勝ちで単勝920円、複勝26
0円をつける。これを取った人は「早起きは三文の得」だ。思い出せば小倉競
馬が人気低迷のころに人事異動で広報出身が場長赴任となってファン誘客から
福永洋一騎手の小倉参戦を望んでいる。武田文吾調教師に話を入れて快諾を得
た。
福永洋一騎手は夏を函館、札幌出張が常で、小倉に参戦は昭和51年4月4日
(小倉大賞典でエビスフォーランなどに騎乗、4戦0勝)の一度だけである。
その人気は東西を通じてナンバーワンであった。 関東で同期の柴田政人騎手
(現調教師)がいて、岡部騎手は名を知られていない。福永洋一騎手の二度目
の小倉入りが実現しかけたのである。 ところが、その春にあの不幸な出来事
(昭和54年3月4日)だ。「禍福はあざなえる縄の如し」
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