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更新:1999.2.14
南井騎手ら8人が新調教師に
新人騎手は東西合わせて9人
JRAは2月10日、平成11年度の新規調教師・騎手合格者を発表した。調
教師は1000勝以上ジョッキー南井克巳をはじめ8人、騎手は東西合わせて9
人。3月1日付けで、それぞれの免許が有効になる。
また、上田三千夫、荻野光男、小西登、小林稔、高橋直、田中和夫、柳田
次男、吉永猛の8調教師は定年を迎え、2月28日をもって引退する。
一方、騎手も1月14日付けで引退の大崎昭一騎手に続き、2月28日付けで
古小路重男、横山雄一の2人が3月から調教助手へ転向する。
調教師・騎手の異動に伴い、3月9日付けの当日版、週刊号から、競馬ニ
ホンでは一部表記を改めます。
<調教師>
石栗…石栗龍雄、石栗龍彦(新規調教師)→石栗雄、石栗彦。
畠山…畠山重則、畠山吉宏(新規調教師)→畠山重、畠山吉。
斉(斎)藤…斉藤義美、斎藤宏(新規調教師)→斉藤義、斎藤宏。
小西登、小林稔師引退により、小西・小林姓が1人になったので、小西一
は小西、小林常は小林。
<騎手>
北村…北村卓士、北村宏司(新人)→北村卓、北村宏。
佐藤…佐藤哲三、佐藤年毅(新人)→佐藤哲、佐藤年。
すでに2人以上いる武・高橋姓については、武英智は武英、高橋智大は高
橋智。
平成11年度 調教師・騎手免許試験合格者
<調教師(新規)>
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氏 名 生 年 月 日 所属厩舎 備 考
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安達 昭夫 昭和34年10月27日 栗東・梅 内 元騎手(1979戦125勝)
石栗 龍彦 昭和33年4月15日 美浦・石 栗
昆 貢 昭和33年6月14日 栗東・福島信 元騎手(1121戦92勝)
斎藤 宏 昭和28年4月7日 美浦・柴田人
鮫島 一歩 昭和29年4月12日 栗東・増 本
勢司 和浩 昭和37年2月14日 美浦・国 枝
畠山 吉宏 昭和37年9月2日 美浦・根 本
南井 克巳 昭和28年1月17日 栗東・フリー
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<騎手(新規)>
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身長(p)
氏 名 生 年 月 日 種類 所属厩舎
体重(s)
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宇田 登志夫 163.5
昭和55年7月29日 平・障 栗東・福島勝
(うだ としお) 45.7
菊池 憲太 162.5
昭和56年2月25日 平・障 美浦・河 野
(きくちけんた) 47.2
北村 宏司 155.3
昭和55年7月24日 平・障 美浦・藤沢和
(きたむらひろし) 45.0
佐藤 年毅 162.1
昭和56年2月4日 平・障 美浦・中野隆
(さとうとしき) 45.3
白坂 聡 158.2
昭和55年9月12日 平・障 栗東・鹿戸幸
(しらさかさとし) 46.6
高田 潤 163.0
昭和55年11月3日 平・障 栗東・松田博
(たかだじゅん) 47.2
高橋 智大 161.5
昭和55年8月27日 平・障 美浦・大久保洋
(たかはしともひろ) 45.6
武 英智 166.7
昭和55年12月31日 平・障 栗東・領家
(たけひでのり) 46.2
二本柳 壮 162.7
昭和56年3月2日 平・障 美浦・鈴木康
(にほんやなぎそう) 45.8
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競馬学校入学内定の1人が辞退
この春、馬学校(18期生)へ入学が内定していた神奈川県出身の山田哲也
君が入学を辞退した。高校進学がその理由という。これにより、競馬学校騎
手課程生徒18期生は12人(合格内定者)になる。
清山騎手と酒井浩騎手、骨折などで1か月安静加療
2月13日の2回京都競馬5日目第2R(4歳未勝利)コウユーメイトで落
馬した清山宏明騎手は蘇生会病院で診断を受けた結果、顔面打撲、左眼瞼挫
創、左上顎打撲、頬骨々折、左眼球打撲、左網膜振盪症と判明。1か月の安
静加療が必要ということだった。
第5R(障害オープン)オーソリティーで落馬の酒井浩騎手も蘇生会病院
で診断を受けたところ、頭部外傷、顔面・左手打撲、鼻骨々折などで1か月
の安静加療を要すということだった。差し当たり、1週間は入院する。
史上2人目、河内騎手が通算1800勝
河内洋騎手(43歳、栗東・フリー)は2月14日の第2回京都競馬6日目4
R(4歳新馬)マチカネキモッタマでJRA通算1800勝を到達した。追い込
みが得意な騎手らしく、見事な直線の伸び足で決めている。中央競馬では増
沢末夫現調教師、岡部幸雄騎手の2人しか達成していない大記録である。関
西の騎手としては初めて。ちなみに武豊騎手はこのレース終了現在1573勝、、
順調なら近く1600勝達成が見込まれる。その差200余り。
この武豊騎手のスピードにはそう遠くない将来に追いつかれ、追い抜かれ
るだろうが、しかし、河内騎手の1800勝はいささかも色あせない。昭和49年
デビュー。26年目の快挙といってよかろう。あと2つというところで、ちょ
っと足踏みしたが、土曜日に1勝で王手をかけ、ここで人気に応えた。ホッ
とした表情の河内騎手は「ここまできたら、中身のある勝ち方をして、2000
勝を目標に頑張りたい」と語った。
JRA通算重賞116勝は3位。GT級は21勝を数える。その中で、アグネス
レディー、ロンググレイス、メジロラモーヌ、アラホウトク、アグネスフロ
ーラ、ダイイチルビー、ニシノフラワーの牝馬で11勝と過半数を超える。牝
馬の河内といわれるゆえんである。しかし、最近のメジロブライト、レガシ
ーワールド、古くはサッカーボーイ、ニホンピロウイナーなどオトコ馬の名
馬との出会いも数多い。今年は年頭の京都金杯をヒカリサーメットで勝ち、
メジロブライトで日経新春杯を制するなど、早くも重賞2勝。この2頭のほ
かに、桜花賞やオークス狙いのゴッドインチーフ、外国産のヒシピナクルと
楽しみな4歳がいて、2000勝へ視界は良好のようだ。