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更新:1998.2.15
田原など11人が調教師合格
=新人ジョッキーは東西合わせて9人=
JRAは2月12日、平成10年度の新規調教師・騎手の合格者を発表した。
狭き門を見事にくぐり抜けた新調教師は11人。1000勝騎手の田原は別格とし
て、現役では坂本勝美、佐藤吉勝、中竹和也が合格した。また、大根田、服
部といった調教師U世も産ぶ声を上げた。元騎手の木原にも朗報が届いた。
一方、新規騎手は第14期生9人が全員合格。この中には池添師、太宰師U世
がいる。
<新規調教師免許試験合格者>
伊藤伸一(いとう・しんいち)
S34. 7.17生 美浦・伊藤竹男
調教助手(S58.4〜)
大根田裕之(おおねだ・ひろゆき)
S34. 7.31生 栗東・大根田裕也
調教助手(S58.4〜)
木原一良(きはら・かずよし)
S29. 4.25生 栗東・内藤繁春
調教助手(S59.3〜)
元騎手(S49.3〜S59.2)
騎手成績29/602
坂本勝美(さかもと・かつみ)
S39.12.14生 美浦
騎手(S59.3〜) 騎手成績289/3599
佐藤吉勝(さとう・よしかつ)
S32.11. 4生 美浦
騎手(S54.3〜) 騎手成績80/1459
高橋義博(たかはし・よしひろ)
S26. 2. 7生 美浦・笹倉武久
調教助手(S54.11〜)
田原成貴(たばら・せいき)
S34. 1.15生 栗東
騎手(S53.3〜) 騎手成績1112/8644
手塚貴久(てづか・たかひさ)
S39. 9.20生 美浦・佐藤全弘
調教助手(H2.4〜)
中竹和也(なかたけ・かずや)
S39.11.26生 栗東
騎手(S59.3〜) 騎手成績175/2461
服部利之(はっとり・としゆき)
S33. 6.12生 栗東・目野哲也
調教助手(S59.11〜)
藤沢則雄(ふじさわ・のりお)
S29. 8.19生 栗東・島崎 宏
調教助手(S54.11〜)
<新規騎手免許試験合格者>
池添謙一(いけぞえ・けんいち) S54. 7.23生
栗東・鶴留明雄 血液型 O 身長160.1p
体重45.9s 目標騎手 O.ペリエ 出身地 滋賀県
荻野 要(おぎの・かなめ) S54. 8.28生
栗東・増本 豊 血液型 A 身長162.7p
体重46.0s 目標騎手 四位 洋文 出身地 京都府
酒井 学(さかい・まなぶ) S55. 2. 4生
栗東・二分久男 血液型 A 身長152.5p
体重44.7s 目標騎手 L.デットーリ 出身地 新潟県
白浜雄造(しらはま・ゆうぞう) S54. 9.25生
栗東・浅見秀一 血液型 A 身長158.9p
体重45.2s 目標騎手 武 豊 出身地 長崎県
竹之下智明(たけのした・ともあき) S54.10.13生
栗東・橋本寿正 血液型 O 身長158.9p
体重45.0s 目標騎手 南井 克巳 出身地 愛知県
太宰啓介(だざい・けいすけ) S54. 4.22生
栗東・太宰義人 血液型 B 身長170.0p
体重47.5s 目標騎手 田原 成貴・小池 隆生
出身地 滋賀県
中谷雄太(なかたに・ゆうた) S54. 9.16生
美浦・高松邦男 血液型 B 身長159.9p
体重47.4s 目標騎手 的場 均 出身地 東京都
野崎孝仁(のざき・たかひろ) S55. 1. 8生
美浦・郷原洋行 血液型 A 身長163.7p
体重47.1s 目標騎手 的場 均 出身地 北海道
穂苅寿彦(ほかり・としひこ) S54.10.22生
美浦・和田正道 血液型 A 身長164.4p
体重47.5s 目標騎手 横山 典弘 出身地 埼玉県
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入って来る人がいれば、その逆に去る人がいる。調教師では鈴木清師が勇
退、ほか4人が定年引退を迎える。また、騎手でも押田年郎、斉藤博美など
がムチを置くことになった。
<調教師・異動内訳(H9.3.1〜)>
鈴木 清(美浦) H10. 2.28 勇退
石毛 善衛(美浦) H10. 2.28 定年による引退
大久保勝之(美浦) H10. 2.28 定年による引退
谷 八郎(栗東) H10. 2.28 定年による引退
二本柳一馬(美浦) H10. 2.28 定年による引退
<騎手・異動内訳(H9.3.1〜)>
梅野 伸一(栗東) H 9. 3.31 騎手廃業
(調教助手転業)
津曲 幸夫(美浦) H 9. 3.31 騎手廃業
(調教助手転業)
臼井 武(美浦) H 9. 6.30 騎手廃業
(調教助手転業)
鈴木 勇(美浦) H 9. 7. 3 騎手廃業
酒井 健二(美浦) H 9. 7.31 騎手廃業
渡部 秀一(美浦) H 9. 7.31 騎手廃業
(調教助手転業)
町田 俊夫(美浦) H 9.10.31 騎手廃業
(調教助手転業)
平目 孝志(美浦) H 9.11.30 騎手廃業
(調教助手転業)
上野 清章(栗東) H10. 1.20 騎手廃業
(調教助手転業)
原 昌久(美浦) H10. 1.31 騎手廃業
押田 年郎(栗東) H10. 2.28 騎手廃業
北川 和典(栗東) H10. 2.28 騎手廃業
斉藤 博美(栗東) H10. 2.20 騎手廃業
(調教助手転業予定)
津留 千彰(美浦) H10. 2.28 騎手廃業
(調教助手転業予定)
調教師合格者は含まず)
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平成10年度は調教師233人(美浦117人、栗東116人)、騎手180人(美浦88
人、栗東92人)となる。
調教師、騎手の異動に伴い、競馬ニホンでは3月7日以降、次の表記を改
めます。
<調教師>
1人姓になった石毛善彦→石毛、二本柳俊一→二本柳、谷潔→谷とします。
同姓が2人になった大根田、藤沢は大根田裕也(大根也)、大根田裕之(
大根之=新調教師)、藤沢和雄(藤沢和)、藤沢則雄(藤沢則)に改めます。
<騎手>
押田姓、佐藤姓が1人になったので、押田純子→押田、佐藤哲三→佐藤に
改めます。
酒井姓は2人。酒井浩、酒井学(新人)とし、酒井姓に関してはひと足早
く、2月28日付けの当日版から表記を改めることにします。
2月末で鈴木清師勇退
美浦所属の鈴木清調教師(73歳)が、2月28日をもって引退することにな
った。
調教助手からスタートし、1年後の昭和26年に渡米研修、28年に調教師免
許を取得し、4年後の32年から1年間はアメリカ・ハリウッドパークで研修
を行うなど、積極的にアメリカ流の競馬を取り入れた調教師であった。
野村調教師がJRA通算200勝
野村彰彦調教師(54歳、栗東)は2月14日の2回京都5日目6R(新馬)
ミルキーレオキスでJRA通算200勝とした。現役122人目。
昭和62年3月1日に開業。初勝ちに約半年、延べ35戦を費やすなど苦心し
たが、11年目の昨年はキョウエイマーチを得て、念願のクラシック(桜花賞)
を制すなど好調。
10歳馬ケイティタイガー健在
2月14日の1回東京5日目9R(東京障害特別)はケイティタイガーが61.
5キロをハネ返して勝ち、9歳暮れの中山大障害に続き、障害重賞勝ちを飾っ
た。10歳馬以上の勝利は、平成7年のバリモススキー(10歳)以来のこと。こ
れが平地レースとなると、平成5年のハヤブサオーカン(10歳)までさかのぼ
ることになる。ちなみに、平成元年の中山大障害・春は11歳のキョウエイウ
オリアが優勝した。10歳馬以上の重賞勝ちは、JRAに限ってなら9年ぶり。
斉藤騎手は2月20日付けで引退
斉藤博美騎手(45歳、栗東、斉藤厩舎)が2月20日付けで現役を退くこと
になった。昭和50年デビュー。この2月13日現在、2140戦147勝(重賞は昭和
58年の京都牝馬特別=トーアミステリアスで1勝)。引退後は父でもある斉
藤義美厩舎で調教助手に転向予定。
土曜の東京で14万円余りの大穴
2月14日の1回東京5日目10R・白富士S(5歳以上1600万下、芝2000メ
ートル)は荒れに荒れた。勝った12番マイネルナポレオンは11番人気、2着
に11番バンダムゲインで、これが8番人気。単勝式、枠連の(7−7)、馬
連(11−12)と、トリプリル万馬券が生まれた。中でも、馬連14万1590円は
今年一番の高額配当で、歴代でも11位という物すごさ。
ところで、ゾロ目は枠連の方が配当が高くなるケースもあるのだが、この
レースに関しては枠連が8万5560円であるのに、馬連は14万1590円と、何と
5万6000円余りも馬連の方が高い配当をつけた。人気薄が飛び込んで来ても、
その枠に人気馬がいる場合、枠連と馬連は10倍、100倍の違いが生じて不思議
でない。しかし、このレースは枠連の(7−7) も馬連の(11-12)も同じ
馬の組み合わせであった。なぜ5万6000円もの差がついたのか、人気という
“魔物”の副産物としかいいようがない。
日曜の東京競馬は雪でダート変更
2月15日(日)の1回東京競馬6日目は積雪のため、5Rの障害競走を取
りやめ、6、9、11Rの芝コースをダートコースに変更し、1R発走時刻を10時
15分(15分遅れ)として全11競走で行われた。
この日の東京競馬場は午前6時30分ごろから雪となり、7時10分ごろには
0.5センチほどの積雪、この雪が水分の多い粘りつくような状態で芝の下に潜
り込んでしまい、除雪ができなかった。対策会議の結果、コース変更のうえ
開催を決めている。
共同通信杯はGなし重賞
11Rの共同通信杯4歳Sは芝1800メートルをダート1600メートルに変更、
これに伴い、グレード(GV)を取り外した重賞競走になった。昭和59年2
月3日以降、条件が大きく変わった時はグレードを取ることが決まった。同
年1月22日(中山・アメリカJCC、京都・日経新春杯、中京・中日新聞杯)、
1月29日(京都・京都牝馬特別)と、立て続けに雪でダート変更されており、
これを境に見直しをかけられたものである。グレードを取って行ったのは平
成7年2月5日(1回東京4日目)東京新聞杯(芝1600メートル→ダート16
00メートル、勝ち馬ゴールデンアイ)以来2回目、3年ぶり。